イヌラッパグミ~フロンティア~

イヌラッパグミ〜フロンティア〜

「面白い」だけを追求する女の子達の日常

ここがすごいぞ!田舎のガッコ

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5月5日は子供の日!そんな子供の頃の話 

子供の頃から人格歪んでためぐちゃんに、あたし気になる事がありまーす

頭がおかしい前提みたいな質問の仕方やめろ

 

地元がクソ田舎にあるらしいけど、小学校はどんな感じだった?

風が吹いたら遅刻して雨が降ったらおやすみなの?

どこのカメハメハ大王だよ

校長先生の機嫌が悪いと給食出ないって聞いたけど?

大喜利でもしてるのかな?

 こんな私にも、子供時代というものがあった。

まあ、今も16歳なんだがな

 というのは置いておいて、とにかく、子供時代があった。

訳あって現在は都内で一人暮らしをしているのだが、出身故郷は「東京から最も近い田舎村」だった。

 

テレビもねえ、ラジオもねえ、車もそれほど走ってねえ!

・・・ ということはさすがにないが、一面に田んぼが広がっており、夜は街灯もなくて真っ暗なところだった。

 

周りの人たちと環境にギャップを感じることがある

これは別に悩みだとか、コンプレックスだとか、そういうわけではないのだが、地元のことを話すとなぜか「ちょっと待っておかしくない?w」みたいなことを言われることがある。

私からすれば、買い物で何一つ不自由することのない環境で育った人は十分に都会人なのだが、このレベルの人からすれば、どういうわけか私の話が新鮮に聞こえるらしい。

例えば最近話題のレゴランドの話が出た時に「私の地元なんか、初めて24時間営業のコンビニが出来た時はレゴランドよりも混雑してたぞ」と言うと、面白い冗談を言うんだなと笑われる。

だが 、待ってほしい。真実を言っただけであって、嘘は言っていないのだ

以前に鳥取県に初めてスターバックスができて長蛇の列ができたことがニュースになったことがあるが、そんなのは生ぬるい。

こっちはミニストップの新規オープンで店の外にまでレジの行列が出来たんだぞ。

本当だからな?

・・・というように、どういうわけか私が地元では当たり前だと思っていた事を周りに話すと、何かしらのギャップを感じることがあるわけだ。

でも別に田舎が嫌いなわけじゃないんだ。虫は嫌いだけど!

 というわけで今回はそんな田舎あるあるネタとして、小学校編をご紹介したいと思う。

言っておくけど、作り話じゃないぞ!全部本当のことだからな!(念押し)

 

通学は徒歩で往復5km 

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片道だいたい2.5km。もちろん電車やバスの交通機関は使わない。 

大人の今になってみると大した距離に感じないし、ウォーキングやマラソンをする人からすれば準備運動レベルかもしれないが、子供にしてみれば結構な距離だ。

ちなみに小学2年までは通学バスが出るのだが、3年から徒歩通学になる。

自転車通学もあったのだが、何故か片道3km以上の人限定だった。

当時は学区制というものがあって、遠くても指定の学校に通わないといけなかったんだ

 

 通学には必ずヘルメット着用

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スクール帽子はよくあると思う。しかし、私の地元は帽子じゃない。

ヘルメットだった。

工事現場に行くんじゃない!学校へ行くんだぞ! 

なのに、毎日ヘルメットを被って学校に行く。

被らないで通学しているところをご近所の保護者の方に見られたり、他の生徒にチクられると先生にめっちゃ怒られる。

夏の暑い日であっても容赦はしない。

しかも、子供に被らせるものとしては割と頑丈で重く、ひどく蒸れた。

よく夏場は熱中症で倒れなかったものだと感心してしまうほどだ。

ちなみに着用の理由は単純明快で「交通安全」のためだった。

なんでも昔、学校の近くでヘルメット着用のおかげで大事に至らなかったケースが何度かあったらしい。

そんなヘルメット安全神話に心酔した学校教員は生徒にヘルメットを通学中は常に被らせることを義務付けたのだ。

控えめに言って頭おかしい。

 

 給食がクソまずい

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当時は美味しく食べていたような記憶があるが、今にして思えば味は薄く、量は少なかった。

大人たちが口々に「給食だけは可哀想」と言っていた理由が今ならよくわかる。

おかずは揚げ物や練り物一品で、お肉は鶏肉以外ほとんど見ることはない。

何か参考になるようなメニューはないのかと探して見たら、すぐに見つかった。

この学校給食の歴史というサイトだ。

ここでは、各年代ごとに当時の給食が紹介されているのだが、私の学校の給食と内容がぴったり一致した時代があった。

そして軽いショックを受ける。

私は平成生まれなのに。昭和40年代の給食と同じレベルだったのだ。

画像出典:http://www.juk2.sakura.ne.jp/rekisi.html

でも今はお昼ご飯に菓子パンばかり食べてる事考えたらこっちの方が健康的だよ

味はまずかったけど、給食の思い出はプライスレスだよな・・・給食の時間はなんだかんだ楽しかったよ・・・多分

 

 校庭の遊具が無駄にキケン

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田舎の学校だけあって校舎の敷地は結構広い。

東京へ来てびっくりしたことの一つに、学校の敷地の狭さに衝撃を受けた事がある。

運動部はどこで練習をするのか疑問に思ったほどだ。

私の小学校では、もちろんグラウンドの他に、ブランコやジャングルジム、ちょっとした大きな公園に置いてありそうなアスレチックまで置いてあった。

そんなわけで、ボールを使わない遊びも楽しめる程度には遊具が充実していたのだが、中には、小学校内なのに年齢制限のあるアスレチックも存在した。

小学校低学年は登ることも禁止されていた、高さ10メートルくらいの滑り台で、打ち所が悪ければ余裕で死ねた。

 

滑り台と言っても、階段ではなくはしごで登り、平均台に手すりをつけたような不安定な足場を数メートル進むと、パイプが2本だけのスロープがある。

たったそれだけだった。

しかも滑り台の真下にはジャングルジムがあり、頂上から落っこちれば必然的にジャングルジムにぶつかることになる。

鉄のパイプで組まれたようなものに、もし人が頭から落ちてぶつけたまま落下した時の恐怖は想像に難しくないだろう。

好奇心旺盛な子供でも、あまり遊ぶ人がいなかったのをよく覚えている。

数年に一回くらいは落ちる人がいて大怪我をしていた。

あんたの学校は卒業生を厳選したいの?

今まで死人が出なかった事が不思議でしょうがないな

 さすがに今では禁止されているか、撤去されているんじゃないかと思う。

もうはるか昔のように思えて、どうなっているのかは知らないが。

 

というわけで

なんだかんだ文句は言いつつも、それなりに当時は学校の通学路も、給食も、アスレチックも楽しんでいた。

それに、周りからしてみれば「変だな」と思うような事って、今ではちょっとした会話のネタに使えるし、それはそれでよかったんだと思う。

ただしヘルメット、これだけは許せない。

 

なんか書いてるうちに田舎の学校だから変だったというよりもうちの学校自体が変だったような気がしてきた

でもなんかおもしろそーかも!

変わった風土がめぐちゃんの人格形成に一役買ったのかもね

なんでも私の人格とこじつけるやめろ

あんたの地元って、周りの人たちからどう思われてたのよ・・・

「道端に人の耳が落ちてる時があるって聞いたけど本当?」

もう意味わからなすぎて頭が痛い・・・